スピーチ
その作成法と実例集

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結婚式のスピーチ
例 文 1

 夫婦ゲンカは思うさまおやりなさい
 お説教はいたしません
 夫婦は針と糸の関係
 長ばなしと子供ごころ
 他人が見ても楽しい家庭を
結婚スピーチ基本型例文1例文2例文3例文4例文5例文6例文7

夫婦ゲンカは思うさまおやりなさい

入江相政 (侍従長)

お目出たい席にのっけからケンカの話で恐縮ですが、ありのままを申し上げるのですから、なにとぞ、ご勘弁願います。
夫婦というものは、二人が努力して築き上げなければ、いい夫婦関係はできないものです。
もちろん、いろいろと困難なこともあり、二人の意見の違うこともありますけれど、それをしのいでいかなければなりません。
したがってその過程においては、意見の違いで、当然、ケンカになることもありましょう。
しかし、そういう時は、思うさまケンカをしなさい、と私は申し上げたい。

  あれはひとつのレクレーションみたいなもので、夫婦ゲンカをすることで、より細やかに結ばれると思うので、かまわずにおやりになったらいいと思う。といっても、私がいうケンカは、いきなりどびんが飛んで来たり、殴り合いをするということではありません。議論をするということです。それをケンカといったのですが、夫婦それぞれの性格や様式もありましょうからさまざまでしょうが、要するに、夫と妻の意見が合わなくていろいろ議論になるとか、言い争いになるというところまでです。
話し合っていくということで、夫婦の結びつきがより細やかになり、より強靭なものになると思います。
  どうか、末長く大いに夫婦ゲンカをやって下さい。

「ここ一番役立つ有名人・名スピーチ集」 より

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話し方手帳

お説教はいたしません

俵 萌子 (評論家)

おめでとうございます。
・・と申し上げましたが、ほんとうは、私、結婚がおめでたいのか、おめでたくないのか、まだよくわかっていないのです。
むしろ、これからはじまるであろう、お二人の努力と忍耐の生活を考えますと、大変だなという気持が先立ちます。いや、だからこそ、私たちは「おめでとう」ということばで、若いお二人のスタートを景気づけるのかも知れません。

  結婚のむずかしさは、お手本がない・・というところにあると思います。
どんなに家庭円満の秘訣を、先輩から教えてもらったところで、それがそのまま自分たちの役に立つということはありません。
亭主関白がいいの、かかあ天下がいいのと申しましても、関白に向かない性格の男もいれば、かかあ天下を不幸だと思う女性もいる。夫のかげにかくれてしあわせだと思う妻もいれば、自分の人生を主体的に生きなければ不幸だと思う女性もいます。

  むしろ結婚の不幸の原因は、先輩たちのいいぐさを真に受けて、結婚とはかくあらねばならぬと思い込むことから起こることが多いのです。それよりは、自分自身、そして相手を、よく知ることこそ大切だと思います。新婚の一、二年は、一時的な情熱に幻惑されて、自分自身も相手も見失うことができますが、そう長く、幻惑状態がつづいてくれるものではありません。なにしろ、最近の結婚生活は、長いのです。昔、日本人の結婚生活は、平均してわずか二十年とちょっとでした。いまは倍増して四十年余りです。

  どんなに忍耐強い人でも、四十何年も、自分を欺いては生きていけません。もし結婚生活をしあわせに、そして長持ちさせようと思えば、自分と相手を、いかにして伸び伸びと、欺かずに生かしていくかということを考えるべきでしょう。
それには、自分と相手をよく知り、それにあわせた調和の方法を発見することだと思います。その結果が、夫唱婦随であろうと、共働きであろうと、内助の功であろうと、何だってかまわないと思います。ミニスカートであろうと、パンタロンであろうと、ホットパンツであろうと、自分にとって、それが似合い、快適であれば、何でもいいのと同じことです。

  私は、夫婦は一心同体だなどというマヤカシを信じません。二心二体の夫婦を、二心二体のまま、どう調和させていくかということこそ、結婚のむずかしさであり、同時におもしろさでもあると思います。

  以上は、結婚についての、私の感想であり、心がけでございます。お説教ではございません。念のため。それでは、ご健康とご幸福を祈ります。

「ここ一番役立つ有名人・名スピーチ集」 より

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夫婦は針と糸の関係

川上一郎

ご結婚おめでとうございます。
お二人の門出に少しばかりお話をさせていただきます。
結婚生活は長い旅路です。悦びだけではなく、ケンカや不平不満などさまざまな出来事も起こってまいります。でも、結婚は楽しさだけではなく、こうしたつらく困難な出来事に二人で関わっていくことで、いっそう深みのある結婚生活が創られていきます。

  二人は数多くの人たちの中から、この人として選んで、今日めでたく結婚をなさいました。それだけ二人にはこの人でなければならない縁があると思うのです。二人は心の深いところで誰よりも結びあっています。
もし、いさかいが起こったとしても、こんなはずでは無かったと思わないで下さい。こんなはずでいさかいが起こっているのです。そのいさかいを乗り越える度に、二人の結婚は成熟していきます。

  夫婦の関係は針と糸に例えられます。針と糸は別の働きをしていますが、一つの目的を果たすために協力していきます。針と糸とは一体になっています。夫婦も、互いに心が別々にならないで、一つの心になって生きていくことが、幸せな結婚生活を築くためには欠かせません。いさかいがあっても針と糸のいさかいです。進むべき道は一緒ですから・・・。

  結婚生活にとって、第一に考えるべきことは、『夫婦は一つである』という自覚を持つことではないでしょうか。夫が針で妻が糸という関係で、時には逆の夫婦もあるでしょうが・・・
針と糸の結婚生活を営んでいれば、さまざまな波風があっても、心強く、力づよく家庭を築いていけると思います。
○○くん、○○さん、どうぞ末永くお幸せに。

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長ばなしと子供ごころ

入江徳郎 (評論家)

長男の結婚披露宴の折、荒垣秀雄さんがして下さったスピーチはすこぶる好評で、いいスピーチでしたと賛辞を何人もの方から聞かされた。
そのスピーチは次のようなものだった。

  マーシャル・プランで有名なアメリカのマーシャル元帥が夫人といっしょに散歩し、こどもたちがタコをあげるのを見た。
空高く上っているタコを見て元帥はいった。
「ごらん、あのタコとシッポの関係、あれが夫婦の仲というものだ。シッポが軽くてはタコはキリキリ舞して落ちてしまう。しかし、シッポが重すぎてもタコは上がれない。両方がうまく調和してバランスがとれるとタコは空にあがる。夫婦とはあんなものだ・・・。」

  この話を引用して、荒垣さんは「タコである新郎とシッポである新婦とが調和して、しあわせの空に高くあがられんことを」と結び大きな拍手が湧いた。
このスピーチはあちこちで盛んに利用され、そのあと別の披露宴でも聞いた。ただし人物がマーシャルではなくて、ドゴールに変わっているのがおかしかったが、同じ披露宴の席であとの方で指名された某氏が、まったく弱り切った顔で、
「いやじつは、きょうのスピーチに、わたしもタコとシッポのお話をするつもりでいたところ、先に話されてしまい、タネがなくなって途方に暮れています」
正直な告白に満場爆笑したことがある。

  爆笑といえばこういうことがあった。ある方のお嬢さんが結婚してその披露宴。ところが新婦側の主賓のスピーチがまことに長い。五分か、せめて七分くらいで終ればよいものをえんえん五十分たってもまだ続いている。アルコールが少し入っているらしく、説き去り説き来り、ついには国際関係にまで拡がっていつやむともはてしがない。その間、料理もおあずけ。参会者一同かしこまって謹聴。新郎新婦の両親とも困ったという顔だが、とめるわけにもゆかない。

その時、珍事が起った。末席に新婦のお姉さんたちが並び、それぞれ子供を連れていたが、中の一人の坊やが大きな声でこういった。
「ネー、ネー、うちのおねえちゃん、なぜあんなに叱られてるの?あのオジサン、どうしておねえちゃんを叱っているの?」一同、プッとふきだす。おかしさにおなかをおさえて苦しがるご婦人もいる。これでやっと気づいたか、さしもの長スピーチも「まことに簡単ではありますが」とようやく終ったが一時間近いエンゼツに一同グッタリしてしまった。
こうしたスピーチは三分ぐらいがいいところだから、なんと二十人分、それもおもしろくない演説をなされたわけである。

  ある披露宴で田中角栄のスピーチを聞いたがうまいものだった。国会で社会党が強硬に反対し、もめているさなかで、田中氏はその間を縫って大急ぎでかけつけてきて、汗をふきふき、扇子をパタパタとやると、
「やっぱり夫婦の仲というものは、自民党と社会党の関係じゃあイケません。自民と民社くらいの仲がよろしい」新郎側の主賓が民社の国会議員だったこともあって、当意即妙のスピーチに一同は大笑いしたものだ。

  スピーチに困る時、わたしは「新郎、新婦に E I J と三つのアルファベットを贈ります。Eは英知、Iは愛、Jは自衛、つまり生活を二人で守ることです」。これに尾ヒレをつけて、三分もたせることにしている。
タコとシッポのスピーチと違って、この方は利用してくれる人がほとんどないようだ。

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他人が見ても楽しい家庭を

田実 渉 (三菱銀行元頭取)

さきほどから幸せそうな若い二人をながめながら、私は遠い昔のある光景を思い浮かべておりました。それは、私たちが結婚して間もない頃だったと思いますが、その大阪の新居を私の父が訪ねて来ましたので、ひとつ奈良でも案内してやろうと出かけたことがありました。四月のはじめでした。

  三人で、奈良の公園を歩いていますと、品のいい老夫婦に出くわしました。お二人とも和服姿で、赤毛氈の上におじいさんは背すじをピンとのばして、おばあさんはやや大きめの信玄袋を持って相対するように座っておられました。そして、おばあさんはその信玄袋から、簡単なつまみをとり出すと、おじいさんの前に並べてお酌の手を差し出されたのです。桜の頃だというのに、人も少なく、とてもいい風情でした。
それを見て私は家内に、「年をとったらああいうふうになろうね」と言ったことも覚えています。

  結局、人間の幸せというのは、自分も楽しむと同時に、見ている人にも楽しんでもらう。つまり、双方が一緒に楽しむということでなければ、本当の幸せとはいえないのではないでしょうか。あたかも鳥のさえずるがごとく、あるいは美しい花の咲き乱れるがごとく、自分も楽しみ、しかも、見るひとも楽しむのが、本当の幸せだということになります。
ですから、この佳き日におおぜいの皆さんに祝福されて、こうして出発する若い夫婦も、なにはさておいてもまず、自分の家庭を楽しくすると同時に、ゆくゆくは他人が見ても楽しいと思うような家庭をつくるよう心がけて欲しいと思います。

「ここ一番役立つ有名人・名スピーチ集」 より

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